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第一回ゲスト:平田オリザ 日本人とコミュニケーションを巡る対話-後編-

フィンランド・メソッドから学ぶ

質問2:会社を経営してるんですけども、フィンランドの子どもたちの、情報をたくさん集めて一つの結論を出しているということについて、非常に単純な話なんですが、その辺の情報の集め方やまた結論の出し方のコツのようなものがあれば……。

平田:OECD(経済協力開発機構)が全世界58カ国で行っているPISAテスト(生徒の学習到達度調査)で、常に1位を占めているのがフィンランドなので、その教育システムであるフィンランド・メソッドというのが、ここ数年、非常に注目を集めています。今も日本の教育界からは毎年のように大視察団が行っています。フィンランドの国語教科書っていうのは、翻訳されて出版もされてますのでぜひ見てください。絵本みたいな非常に楽しい教科書です。僕はその教科書の翻訳をされた北川達夫さんと対談をしてる本も出してます。今日は三省堂の方も来てるので一応宣伝しときますが(笑)。フィンランド・メソッドの特徴の一つが、各単元の一番最後が演劇的な表現になってるということです。三分の二弱くらい、あるいは半分強くらいが、今日習ったお話の先を考えて人形劇にしてみましょうとか、今日読んだ小説の一部を演劇にしてみましょう、今日のディスカッションを利用してラジオドラマを作ってみましょうとかいうような集団表現なんです。なぜかというと、彼らの基本的な考え方はインプット、つまり情報入力、感じ方はバラバラでいい。ある事柄をすごく嬉しいと思う人もいれば不愉快と思う人もいる。文化とか宗教とか価値観が違えば同じ事柄でも、たとえば、さっき話した韓国の例のように、靴を玄関に揃えて置くときでも、それが礼儀だと思う文化もあれば、そんなに早く帰りたいのか!? 礼儀を知らない奴だって思う文化もある。これを教育によって強制したり、一つにまとめることはよくないし、非常に危険だと考えているんですね、フィンランドの人たちは。でも、私たちは集団で社会生活を営んでいかなきゃならないのだから、アウトプットは一つのものを一定時間内に出しなさい、っていうのが彼らの基本的な考え方なんですね。

 それに対して、日本の国語教育は真逆になってることがわかると思います。私たちは「この作者が言いたいことは何でしょう? 50字以内で答えなさい」みたいに、インプットを一つに強制されて、アウトプットである作文なんかは個性だから、個人の自由だからという理由でほとんど放っておかれたと思うんですね。でも、会社を経営なさっててどっちが現実社会に近いですか? アウトプットはバラバラでいいなんて会社あったらすぐ潰れますよね。アウトプットはできるだけきちっとまとめた方がいい。でもたぶんインプットはできるだけ多様性があった方がいいわけですよね、どの企業でも。そういうことを、小学校2年とか3年からどんどんやらせる。20分とか30分で、3分とか5分の劇をつくってすぐ発表させる。振り返りとかもあんまりしないで、どんどんやらせる。おそらくそのことによって身体にそういう感覚を染み込ませていくんだと思いますね、子どものうちから。

個性尊重は当たり前

平田:私たちは西洋の教育っていうと、なんか個性尊重で、意見もバラバラみたいに思うじゃないですか。ところが、個性的な意見を言うことはもう当たり前なんです。だって、バラバラな人種が集まってるんですから。それをどうやってまとめるのか、みごとにまとめた人間が評価されるんです。けど、そのまとめ方みたいなものはやっぱり理屈じゃなくって、どっちかっていうとスポーツみたいな感覚なんだと思うんですね。それを身につけさせていく。今はさすがにそんなには行けませんけど、ここ10年間くらいは、小・中学校を1年に10校20校って回ってます。面白いのが、演劇でやりたいことが重なっているときですね。朝どんな挨拶をするかとか、朝先生が来るまでどんな話をするかとか、先生にどんな挨拶をするか、また先生がいなくなってからどんな話をするかいろいろあるわけです。みんなそれぞれやりたいことが違う。だけど、これに関しては正解があるわけじゃないから、自分のやりたいことを通すためには、相手を説得していかなきゃいけない。慣れてくると5つあったテーマのうち、相手が何にこだわってるのかがわかる。あっ! この子は先生が入って来たら絶対に「おはようございます!」をきちんと言いたいんだ。じゃあ、これだけ受け入れてやれば、後は俺のやりたい4つが通るな……ってふうに、交渉術を身につけていくんです。そんなもん理屈じゃないじゃないですか。子どもはそんなことをスポーツ感覚で身につけていくべきだと思うんです。でも、今までの日本は、全部を一生懸命話し合いなさいっていうふうに教えてきた。だけど、僕は大人になるってことは、ジャンケンで決めていいことと、とことん話し合わなきゃいけないことが区別できるようになることだと思ってるんです。授業のなかで、「その重要な意見もジャンケンで決めていいよ」って言うと子どもはびっくりしちゃうんです。ジャンケンで決めていいっていうことは教わってこないんですよ、日本の今の教育システムのなかでは。そういうものは、本来はさっき鈴木さんもおっしゃってたように、私たちの世代までは遊びのなかで身につけられたんですけど、今は少子化で、それから原っぱみたいな学園を越えた交流とかがないんで、これは教育のシステムのなかで伝えていく以外ないんです。かつてはそんな共同体が教えてた部分がある。それがない。もう一つは、かつては上意下達だったからそんなにその能力も必要なかった。

 だから二つのことがあるんですね。要求されているコミュニケーションの質がどんどん上がっている。一方で少子化でそういったものを身につける機会がどんどん失われている。どんどん乖離しちゃってるんです、日本の社会と。これは高等教育のなかで補っていくしかないんで、だから大阪大学はいち早くコミュニケーションデザイン・センターというものを作って、社会に出る直前の大学院生にこの能力をとにかく身につけさせて、即席栽培でもいいから身につけさせて就職させようと考えたわけですし、企業もこれからはとにかくキャッチアップしていかないといけないので、これを早急にやらないと間に合わないだろうと思います。そんなところでいいでしょうか?
(完)

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