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第一回ゲスト:平田オリザ 日本人とコミュニケーションを巡る対話-後編-

質問応答へ

質問1:コンビニエンスストアを5店舗やっているんですが、社員とか店長とのコミュニケーションに非常に困っておりまして、今私がやっているのは、店長一人ひとりと一生懸命話したり、それこそ一緒に銭湯に行って裸の付き合いをしたりしてるんですけど、平田先生の今の話ですと、ある程度のパターン化したものを持っていれば、そういうものができるということでしょうか。私がやっている仕事はモチベーション産業だと思っておりまして、一人ひとりの店長のモチベーションが直接売り上げに関わってくるのですが、たとえばそういうようなことも、ある程度パターン化したものを作ればいいということなんでしょうか?

平田:まさに今、鈴木さんと開発してるとこなんですけど、二つあると思うんですね。一つは、基本的なコミュニケーションゲームみたいなものがあって、そこである程度いろんなことを気付いてもらったりとか問題意識を持ってもらうってことまではできると思うんですね。ですが、その気付きの段階とソリューションみたいなものはやっぱり別であって、ソリューションに関してはある程度業界ごとで個別にシナリオを書いたりとか、将来的には個別のワークショッププログラムを作っていかないと難しいかなと思います。

 これはなかなか大変で、たとえば今、大学の仕事で科学と司法の問題、要するに裁判の問題をやってるんです。足利事件でDNA鑑定が問題になりましたよね。あの当時の技術は未熟であったんだけども、科学者としてはこのDNA鑑定の一致の確率は何万人に一人だとか何千万人に一人だとか、今はそれが何兆人に一人とかって言うわけですけども。有名な話ですけどリーマンショックみたいなああいうものも、本当は何兆回に1回だったはずなのが起こってしまったりするわけです。何かのたとえで、「この○○は東京ドーム15杯分です」って言われてもちっとも実感がわかなかったりするってことありますよね。あれと同じことが実は科学の裁判なんかでも行われていて、そういうことを防ぐにはどうすればいいかっていうワークショップのシナリオを今書いてるんです。そんなことができるかどうかわからないですけども。

 今の段階は弁護士とか科学者に宿題を出して、科学と裁判ではどういうところでコンセプトのズレが起こるかっていう事例を出してくださいってお願いしてます。彼らもワークショップを受けてる段階では、「ああ、こういうことってあるよね、こういうこともあるよね」って気が付くんだけれども、じゃあ過去の事例から出してくださいって言うと、途端に「えっ!?」って考え込んじゃって、なかなか出ないんですよ。

 結論としては、これは科学技術研究所を使った長期のプロジェクトなんで、「半年もやれば必ず出てくるから、各自この半年間のなかでサンプルを出しましょう。サンプルさえ出してもらえれば今度は私たちがそれをもとにして、研修で使えるプログラムを書きますから」って言ってます。そういう現場とのやり取りが結構大事で、今までの企業研修みたいに、こっち側が一方的にこういうプログラムをやればどんどんコミュニケーション能力があがりますよみたいなことだけでは、多分ある段階に行くと進まなくなるんじゃないかなと僕は思ってます。

鈴木:私たちがやっている演劇ワークショップ研修では、個別にヒアリングを重ねて課題を浮き彫りにして、それに合わせてプログラムを作っていきます。実際にいろんな企業で研修をやってみると、企業風土とか業種によってまったく違う反応や結果が出てくるんですね。例えば同じエチュードの課題を与えて、たとえば道を尋ねやすい人はどんな人ですか?って言ったときに、お年寄りっていうのは尋ねやすい人と尋ねにくい人の両方にリストアップされてくるんですよ。それは、その企業の人たちがお年寄りにどんなイメージを持っているかによって極端に違ってくるんです。そういうふうに企業ごと、あるいは業界ごとに、本当にまったく違う結果が出てくるので、そこのなかで何度もやり取りを重ねていかないと、いわゆる結果を出すってのは非常に難しいと思います。一番先に「気付き」ですね。自分の普段のコミュニケーションを振り返る。それが演劇ワークショップ研修の最大のテーマです。それに対して、ソリューションっていうのは、本当に個別に、一個ずつやっていくしかしょうがないことだと思います。

平田:鈴木さんとのほかの対談でも話したのでお読みになった方もいらっしゃるかと思いますけど、3年ほど前に、ニューヨークでずっと俳優修行やってた演出家が日本に帰って来てうちの劇団に入ったんですね。彼はニューヨークでコンサルティング会社に勤めてたんですけど、そこのコンサルティング会社っていうのは、私たちから見る外資、日本に進出しようというアメリカ企業向けのコンサルタントをやってたんですね。具体的にどういうことをやっていたかというと、この会社にはアジア系の劇作家と演出家と俳優が所属していて、韓国や日本、香港とかシンガポールでそれぞれどういう会議の進め方をしているのかっていうのを体験させるんです。で、それぞれ中国系の俳優、韓国系の俳優、日本人の俳優たちを揃えて、台本も顧客企業に合わせて、銀行なのか証券会社なのか製薬会社なのかに合わせてシナリオライターが書いて、その会議を体験させるんです。外資系の企業は、それを全部やってから来てるんです。それを日本企業は禿鷹とかって言って蛇蝎の如く嫌って、まともに相手にしようとしない。この話を日本企業のトップの人たちにしても、誰も知らなかったって言いますよ。だから、本当に戦前の状況に似てるんです。それで「一億火の玉」みたいに言ったって勝てるわけないじゃないですか。向こうは日本人のコミュニケーションの特徴まで、全部調べて上陸して来てるんです。だからコミュニケーション能力と情報戦で、もう圧倒的に負けてるってことなんですね。だから最終的には個別のシナリオです。ここにお金を投資している会社だけが生き残りますっていうと、鈴木さんの会社のセールスになりますけど(笑)。彼らはそうしてるってことです。

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