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2012.01.26 舞台評
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鈴木 あきら |
(2)メメントC公演 『音楽朗読劇 第6病棟・アンドレイの幽鬱(ユウウツ)』『ともしび』
今回のメメントCの公演は、『第6病棟・アンドレイの幽鬱』と『ともしび』の二本立てで構成されていました。嶽本あゆ美さんのこのレパートリーチョイスは、実に慧眼だといわなければなりません。
これまで『六号室』は比較的演劇の題材として取り上げられることの多かった短編です。しかし、『ともしび』が舞台化されたという話は寡聞にして知りません。もちろん、それは私が不勉強なだけなのかもしれませんが、何はともあれ、今回の公演が大きな成果を残すことができたのは、『ともしび』という短編を取り上げたことそれ自体ではなく、『六号室』と『ともしび』を組み合わせて上演したということにあると思います。
かつて、MODEを主宰する演出家の松本修さんが、ベケットの『しあわせな日々』を、同じくベケットの『芝居』と組み合わせて上演したことがあります。その時に大変衝撃的だったのは、それぞれの作品が単独で上演されたときには見えなかった作者の世界が、二つの作品を構成上演することによって見事な輪郭を持って立ち上がってきたという事実です。
今回の公演も、それぞれの作品の単独上演ではそれほど大きな成果を残すことはできなかったのではないかと思います。それどころか、仮にこれが『第6病棟・アンドレイの幽鬱』の単独上演であったとしたら、その結果はむしろ惨めなものに終わっていただろうとさえ思います。
ところが、『第六病棟・アンドレイの幽鬱』と『ともしび』を同時に、しかも書かれた年代とは逆の配置で構成したことによって、19世紀末のロシアに暮らす人々の抱える不安と絶望、そして彼らが紡ぎ出す『小さな物語』のあり方がくっきりと浮かび上がってきました。
チェーホフが生まれたのは1860年ですから、クリミア戦争終結の4年後、アレクサンドル2世の統治時代です。
ロシアとイギリス、フランス、オスマン帝国のあいだで起きたこの戦争に負けたことは、ロシアに深刻な危機感をもたらしました。戦いの相手との国力の差が歴然としたからです。イギリスではすでに市民社会が成立し、工業社会となっているのに対し、ロシアは未だに農奴制が続いている。そこで皇帝アレクサンドル2世が取りかかったのが農奴解放令による自由主義改革でした。要するに、イギリスを初めとする先進各国に追いつき、追い越せという政策ですね。
しかし、市民社会の下地のないロシアでいきなり農奴解放を命じても、貴族は本気で農奴解放には向かわず、農奴たちも戸惑うばかり。結果的には、かえって高い小作料で農民を縛ることになってしまいました。農民の怒りと失望は大きく、各地で農民蜂起が相次ぐようになる。
それを見てアレクサンドル2世はこう考えました。せっかく農奴解放令を出したのにそれが成果を出さないのは、国民が愚かだからだ。こうした愚かな国民を統治していくためには、上から押さえつけるしかない。
そう考えたアレクサンドル2世は、一転して自由主義改革からツァーリズム(皇帝専制政治)に逆戻りしてしまったのです。
それに対して立ち上がったのが、西ヨーロッパの自由主義的政治体制を理想と考えるインテリゲンツィア層でした。イギリスやフランスへの留学体験を持つ貴族や金持ちの子弟たちは、政治意識の遅れた農民たちを啓蒙しようと、積極的に農村に入っていきました。それが『ヴ=ナロード(人民の中へ)』を合い言葉とする『ナロードニキ運動』です。
ところが、日常生活においてフランス語やドイツ語を話すような裕福なインテリたちが、そのまま農村で受け入れられるはずもなく、『ナロードニキ運動』は農民たちからは煙たがられ、皇帝権力からは徹底的に弾圧さることによって挫折していきます。
その後を受けて組織されたロシア初の革命グループ『人民の意志』は戦術をテロリズムに定め、遂に1881年、アレクサンドル2世の暗殺に成功するのですが、専制政治はただちに次の皇帝アレクサンドル3世(2世の第二皇子)によって引き継がれ、政権には何の打撃も与えることができませんでした。
それどころか、暗殺当日にやっと承認にこぎ着けた最高指揮委員会委員長ロリス・メリコフの改革案(秘密警察・皇帝官房第三部を廃止し、立憲制導入に向けて『議会』の導入を提案)までもが白紙に戻されるなど、『人民の意志』のテロリズムはただロシア国内の政治状況の混乱に拍車をかけるだけの結果に終わってしまいました。
チェーホフが『ともしび(1888年)』『六号室(1892年)』を書いたのはこんな時代だったのです。
<続く>
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