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コミュニケーション研究所

2011.09.2
「演劇ワークショップの可能性」
鈴木 あきら

グローバル人材に求められる三つの力

昨日(2011/9/1)の朝日新聞に、「国際化待ったなし/脱ガラパゴスへ/知識よりも弾力性」というタイトルの濱田純一東大総長のインタビューが載っていました。
東大が「秋入学」への移行を検討している背景についてのインタビューです。

その中で濱田総長は大学の国際化と秋入学の関係について、次のように述べています。

「外国から留学生を受け入れたり、日本人学生を海外に送り出したりする上で、入学や学期の始まりの季節のずれが大きな障害になっています。(中略)かつては知識をたくさんもっていることが力になりました。しかし、これからの時代は、人の気持ちをどれだけくみ取れるか、人々の力をどううまくまとめて発揮できるか、といったコミュニケーション力や説得力が必要とされます。その意味で、東大生は知識の量ではタフかもしれませんが、これからレジリエンス(弾力性)、しなやかさのある力も必要です。この力は同質な集団の中ではなかなか育ちません。海外へ行ったり、異文化に触れあったりして、『あれっ、話がうまく伝わらない』と驚く経験をしなければならないのです」。

ここにコミュニケーションの基本があります。コミュニケーションは「伝えたい」という思いがなければ成立しませんが、その「伝えたい」という思いを醸成してくれるのは、「伝わらない」という経験なのです。

「以心伝心」「阿吽の呼吸」という言葉に象徴的に示されているように、これまでの日本社会は、わざわざ説明しなくても思いは伝わる社会でした。
それは日本人のほとんどが、同じ文化、教養、生活習慣を共有していたからです。
しかし、国際化が進んだ社会ではそうはいきません。


たとえば、あなたがニューヨークのマンションに暮らしているとします。
そこに訪ねて来たアメリカ人が、土足のまま部屋に入ってきたとしたらどうでしょう。
あなたは慌てて「靴を脱いで下さい」と注意した上で、なぜ私の部屋に入るときに靴を脱いでほしいのかを理を尽くして説明するはずです。
説明しなければ、相手はなぜあなたが靴を脱げと言っているのかが理解できないからです。


しかし、あなたがいくら理を尽くして説明したとしても、それで相手が納得するかどうかはまた別問題です。
他人の家に入るときに靴を脱ぐという習慣を持たないアメリカ人は、他人の前で靴を脱ぐことを極端に嫌がる人も多いからです。


それでは、相手がかたくなに靴を脱ぐことを拒んだ場合はどうすればいいのでしょうか?
そんな時は、相手と自分が妥協できるポイント、落としどころを探るしかありません。
相手がどうしても靴を脱ぐのが嫌だと主張し続けるのであれば、自室での交流は諦めてどこか外のレストランにでも行くか、あるいは相手に靴を脱いでもらう代わりに、相手が納得する室内履きを用意するというような解決策を探らなければならないのです。


つまり、私たちが「伝わらない」という経験を経て、グローバルコミュニケーションを成立させるために身につけるべき力は、以下の三つだということです。

一つ目は、「自分にとって最も大切な価値は何なのか」ということを論理的にキチンと整理統合する力。
二つ目は、「相手が譲れないと思っている価値は何なのか」ということを理解する力。
そして三つ目は、自分の価値観と相手の価値観を摺り合わせて、対話を成立させる力です。


これこそが、濱田総長が学生たちに「伝わらない経験をさせることによって身につけさせたい」力なのです。

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